EXPO PLL Talks

実は重要な「中の人たち」の交流

齋藤

「新しい万博」について、石川さんの考えを聞かせてください。

石川

万博は、常に「新しさ」を意識しているものです。今回だけが新しいわけではない。世界では5年に1度登録博があり、その間に認定博がある。2、3年に1度は何かしらの形で万博が行われているのです。そのたびに、主催者はこれまでになかったことの実現に挑戦しています。つまり、実は「新しいこと」そのものには新しさはないのです。今、私たちが何か新しいと思うことを考えたとしても、それはどこかに既にあるものかもしれない。

そこで重要になるのは、「昔の万博にはできなかったこと」をやるということに尽きます。

では、それは何なのか。ネット社会をはじめて迎えている時代においては、事前からの繋がり、巨大なオフ会としてのリアル、その後の繋がりという構造が、新しい万博になるのではないでしょうか。

齋藤

国ではなくクラスターで区切って実行しようとしていくのは新しいと感じます。国境があるからこそ国単位の風習や知恵がリアルに集まりますが、サイバーは国境を持たないからこそ、小さな問題とソリューションについて手を挙げてディスカッションをし、輪を大きくしていくことができます。今の時代にしかできない、仕組みそのものがレガシーとして残る万博にするためには、「バーチャル vs リアル」の構図に陥らずにこうしたことを実行していくことが重要ですよね。

石川

半年間にわたって100以上の国が、同じ場所で時間を過ごすというのは他にありません。国際条約に基づいて各国政府が公式に承認して開催し、何十年も絶やさず続いている稀有なイベントですから、国という存在をネガティブにとらえる必要もそこまでないと思います。

これまでになかった、国の違いを超えるものとはどのようなものかを考えた時、重要になるのは言語の壁です。多言語翻訳の技術はどんどん進化しているので、それを博覧会の中で実装したいです。

リアルな会場でデバイスを通して会話ができたり、更にはバーチャル会場ではアバターを通じてシームレスに会話できる、などがあると思います。

加えて、各国のアテンダントがずっと同じ場所で過ごすというのは、あまりフォーカスされませんが、とても価値のあることです。パビリオンの裏側には関係者用の管理空間がありますから、休憩時間に交流が生まれるような仕掛けもつくっていきたいですね。

「見える化」をすることが行動の変容に繋がる

齋藤

堺井さんからいただいているキーワードには「見える化」「国境がない万博」「サイバー万博の可能性」がありますが、取り上げたいキーワードはありますか?

堺井

少し視点が変わるのですが、人間社会においては、見えないことで「存在しないと考えていい」、あるいは「想像できないから気にしない」ということが往々にして起こります。

事実や文脈を「見える化」することで、気づき、考え、何をしなければいけないかが見えてくる。つまり、行動の変容に繋がります。

ドローンが人間には獲得できない視点を与え意識・行動の変化を促したように、「見える化する仕掛け」も万博にあるといいなと思います。

齋藤

「見える化」のひとつの方法としては「データの見える化」もありますよね。例えば、ゴミを1つ捨てることによってどういった影響があるかをパビリオンの中で可視化するなどです。

また、SDGsのレポートはなぜ1年に1回しか出ないのだろうと、以前から疑問に思っているのですが、1日に1回出てもいいわけですよね。パンデミックによってデータの収集がなかなかできないという現状もありますが、「見える化」をきっかけにオープンデータを集めて、リアルタイムに評価できるようなデータ収集のメソッドがあるといいなと思います。

石川

一種の擬似的な都市環境の中で多くの人が行動するのが万博なので、様々なデータを集めることができます。そのデータは社会の共有財産である必要があると思うのです。

プライバシーの問題など現実的に考えなければならないことは多くあるものの、万博でどういうデータを取りたいかの要望を是非出していただきたいですし、抽出したデータをもとに、様々な領域に役立てることができるはずです。

最適化されない「余白」を残すスマート万博

齋藤

データに関しては、石川さんが挙げていただいた「スマート万博がやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!」にも繋がると思うのですが、いかがですか?

石川

まず「スマート万博とは何か」という話ですが、ICT技術を使って会期中のフィジカルな会場で来場者向けのサービスを高度化するものを指しています。これを充実させるには、まず予約システムに取り入れることが重要だと考えています。

愛知万博の際に、世界初のICタグを活用した入場券を導入しました。それまでは紙のチケットにホログラムを貼ったり、マイクロプリントまたは磁気カードを導入して偽造防止対策を行っていたのです。

ICタグによって来場者一人ひとりにユニークIDを付与することができ、そこから色々なアイデアが考えられたのですが、残念なことに当時は技術・コストが追いつかず実現しないものが多かった。

約2000万件のアクセスに対して供給できる量が1日あたり約2万件しかなく、かつシステムダウンも起きるなど、ICT技術が成熟していませんでした。

今回は技術的にも可能なことがかなり増えていますし、一般的な普及も進んでいますから、しっかりと実現したいですね。それによって会場内でスムーズに移動できるなど、大きなメリットが生まれると思います。

齋藤

ミラノ万博で、日本館に10時間待ちの行列が発生してしまったという話もありますよね。今回に関しては、システムでできるだけ最適化して楽しめる時間を多く生み出すことは非常に重要になってきます。

石川さんは「人の代わりにアバターが並んでくれる?」というキーワードも挙げていますよね。

石川

一人ひとりに固有のIDが振られ、オンライン空間にツインとなる会場をつくることができたとしたら、アバターは何のためにあるのかが気になってきますよね。

一番嬉しいのは、自分の代わりに列に並んでくれることです。これはアバターの見え方が変わるきっかけのひとつになると思います。ツインの中で自分の分身が順番待ちをしてくれ、行列に並ぶことから解放された自分はフィジカルの会場で美味しいものを食べたり、パビリオンを見たりなどの体験ができる。来場者も出店/出展者も、より多くのメリットを得ることができますから、こうした仕組みをしっかりとつくっていきたいです。

齋藤

自分のバーチャル上のツインの行いがフィジカルな自分へと返ってくるというのは、バーチャルという言葉が生まれてからずっと叫ばれてきたことですが、実装がなかなかできていませんでした。

万博では、フィジカルな世界としっかりと繋がったアバターのあり方を実装すべきですよね。

堺井

技術的な要件は揃っているものの、プライバシーやセキュリティ、コストなど、クリアしなければいけないことはたくさんあります。どこかで実証実験を行って、万博で実装できたらいいですね。

齋藤

チャットのコメントで「何時間も並んだという自慢大会もおもしろい」「行列することが大好き。何時間も並ぶことで見知らぬイタリア人と同志のような気分になったことがある。行列に並ぶという余地も残しておいて欲しい」という声もありますが、「すべてを最適化してみたが何かつまらない」というものではなく、どうすれば出会いが生まれるか、おもしろいかを考えて余地を残すことも必要ですね。

もしかしたら、交流がきっかけで会期中に実装できるものもあるかもしれません。1970年の大阪万博の時、松下電器の創業者である松下幸之助さんが実際に行列に並んで、暑い中、松下館に並ぶお客さんに紙の帽子を配るアイデアを出したエピソードは有名ですが、こうしたリアルでの価値とバーチャルの価値のバランスはとても重要に思います。

石川

そうですね。並びたい人には並んでもらえるというのは、重要なポイントでもあると思います。

齋藤

ミラノ万博でシアターをつくった際に、「箸の使い方がわからないと先に進めない」という仕掛けをつくったことがあるのですが、そうするとざわざわしはじめて、言葉がわからなくても互いにジェスチャーで箸の使い方を教え合うのですね。

「行列のデザイン」というおもしろいコメントもありますが、行列などの一見非効率な物理的空間を利用して、言語・文化の違いを乗り超える仕掛けは大事だなと思いました。

(公社)2025年日本国際博覧会協会 堺井啓公(左上), PLLクリエイター 齋藤精一氏(右上) 会場運営プロデューサー 石川勝氏(下)

リアルで得る「その先の何か」

齋藤

「バーチャル会場はデジタルツイン?」「姿形のない未来像こそリアリティがある」というキーワードはそれぞれ違うテーマのように見えて、今の話に通ずるようにも思うんですが、石川さんいかがですか?

石川

リアル会場とまったく同じものをバーチャル上につくることが「嬉しさ」「楽しさ」に繋がるかはまだ答えが見えていないですが、仮に何らかの価値ができた時に、「じゃあリアル会場には行かなくていいや」とならないようにしなければいけません。リアルとオンライン空間は、それぞれ関連しつつも違うものになっている必要があります。

例えば、『鬼滅の刃』のテレビ版の続きを映画化することで、とんでもない数のお客さんが映画館に足を運びましたよね。「その先の何かを」得るためにリアルな空間に行く必要がある。そうしたギミックづくりが必要です。

齋藤

デジタルツインというと、リアルと同じものをつくるミラーワールドを想起しがちですよね。ドバイ万博では、3次元の図面をつくってリアルと同じ展示をバーチャルでも見ることができる試みを行う予定ですが、新しい万博では機能や情報、感動など、様々な面でリアルに加えていくことが非常に大切だと思います。

石川

お互いに価値を持たせながら相乗効果を生み出すというのは、過去に例がありません。だからこそ、実現した時の楽しさがありますね。

「雲の中」を進むための万博に

齋藤

万博って、失敗してもいい場所だと思うのです。例がないからこそ、実験を万博が許容し、小さいレベルでもいいので、始まる前から企業や年齢、国境など様々な壁を超えてアイデアを持ち寄り、実装するプロセスを繰り返す。2025年以降もレガシーとして何かが残っていく。これを目指していくべきですよね。

石川

愛知万博の時、メッセ会場に63体のロボットを集めて実証実験を行う展示「プロトタイプロボット展」を2週間行ったのですが、すべてのロボットが大学や企業が出展したプロトタイプで、動くかどうか怪しいロボットも多くありました。従来の万博では、来場者が常に同じ体験・サービスを受けられることが求められていて、これは万博的には正しい作法ではなかったのですね(笑)。

実際に、動かないロボットが会期中にたくさん出てきたのですが、お客さんからは「止まってしまうこと自体が興味深い」という声が挙がった。失敗してもいいんだというマインドセットが生んだ良い事例だと思っています。

齋藤

コロナの時代に何が変わったかを聞かれた時に、「弱いところを見せてもいい時代になったのではないか」とよく答えるのです。

つくり手はもちろん完璧を求めてつくるのですが、独力では難しいことやハードルがたくさんある中で、人間らしさや手触り感がリアルの中に残っていくべきですし、それによって見えないものが見えるようになっていくのではないかと思います。

石川

キーワードの一番最後に「坂の上の雲、の中」を挙げたのですが、これは元東大総長の小宮山宏さんが著書の中で述べておられる考え方です。日本は、かつてはキャッチアップだけしていればよくて、坂の上の雲を目指して一直線に進むことで国民が一丸となって成長できる時代が確かにあった。1970年の万博はこうした時代の空気感とうまくマッチし、時代のシンボルになったのだと思います。しかし、今我々は雲の中にいて、周りがまったく見えなくなってしまっているというのが現代社会の状況だといえます。

手探りで進む必要があるからこそ、体験を共有し、新たなチャレンジを繰り返していくしかない。そういう時代だと思うのです。それぞれの価値観の中で自分たちの未来を探すことで生まれた小さな結果が集合体となって、雲が厚くなっていく。こうしたことが、新しい万博でも行われている必要があると思います。

堺井

答えがない時代なのであれば、自ら「こういう社会にしたい」と恥ずかしげもなく宣言し、そこへ向かっていき、周りも参加していく。そうしたアクションを起こすチャンスを今回の万博ではしっかり提供していきたいです。

齋藤 精一氏 プロフィール

齋藤 精一氏
EXPO PLL Talks ファシリテーター
パノラマティクス 主宰 / PLLクリエイター
齋藤 精一

1975年神奈川県生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのを機に帰国。フリーランスとして活動後、06年株式会社ライゾマティクス(現:株式会社アブストラクトエンジン)を設立。16年から社内の3部門のひとつ「アーキテクチャー部門」を率い、2020年社内組織変更では「パノラマティクス」へと改める。
2018-2020年グッドデザイン賞審査委員副委員長。2020年ドバイ万博 日本館クリエイティブ・アドバイザー。2025年大阪・関西万博People’s Living Labクリエイター。

各プロデューサーのプロフィールは、こちら