EXPO PLL Talks

人間と機械が接近する、「50年後のいのち」を考える

齋藤

パンデミック以前は「Human Centric(人間中心)」という言葉が非常によく使われ、私も「できるだけ”日本ならでは”という言葉を使うことをやめよう」「もっとユニバーサルに」と意見を述べてきました。

しかし、パンデミック以降の大阪・関西万博を考えた時、むしろ固有の文化や考え方であったり、「日本ならでは」を再定義するべきなのではないか、とも個人的には考えるようになりました。

2020年12月に発表された基本計画では、石黒さんのテーマ事業である「いのちを拡げる」のメインテーマとして「人間が自ら設計する生きたい未来発見」を据えています。これについて詳しく聞かせていただけますか?

石黒

50年前と今の万博では何が違うのかをプロデューサーとして考えた時、前者は生物として自然の摂理に従って人間がより良く生き残ることにフォーカスし、そのための科学技術をつくり上げていくというものでした。日本社会が経済発展と高度な技術社会を目指し世界に追いつこうとしていた中で、どういった技術やモノを未来に実現すればいいかを考えたのが1970年の大阪万博でした。

そこから技術発展に成功し、人工臓器や遺伝子操作など、人間を設計する技術さえも手に入れつつある。自然の中で生物として生きながらえてきた時代から、人間そのものをデザインすることも可能な時代になった。だからこそ、人間以外のいのちを考えるようになりました。

つまり、これまでは、何をしても人間が生き残りさえすればよかったが、これからは、僕らが生き残ることだけを考えて「あとは神様がなんとかしてくれる」という時代ではない。地球のことも同時に考えなければいけないんです。

しかし、人間は神様ではないので、ひとつの未来を予測することなどできない。幸福は相対的な価値観ですから、人間の責任において、人間が生きたいと思う複数の未来や可能性を模索していくことが、非常に重要なのではないでしょうか。

遺伝子工学や人工臓器の科学技術などによって、人間は他の動物が持たない進化の方法を手に入れ、いのちの可能性を飛躍的に拡げようとしています。同時に、AI・ロボット技術によって人工物がより人間らしくなっている。機械から人間に近づくいのち、人間から機械に近づくいのちが、50年後にどうなっているのかを複数の具体的なシーンとともに発信したい。そうした思いが「いのちを拡げる」というテーマ事業の根幹にあります。

いかに創造性を民主化するか

齋藤

世界的なテーマであるSDGsには多くの論点がありますが、パンデミックを経て「Anthropocene(人新世)」という考えがより浸透しました。このまま人間が流れのまま身を任せていけば、誰がどう考えても地球と人間のバランスは崩壊していきます。

人間の選択によって複数の未来が考えられる中で、「あぁ、おもしろかった」だけではなく、万博が提示するイメージが人間の選択について考え、行動を促すようなものにしなければならないと思います。

中島さんはテーマ事業「いのちを高める」のメインテーマに「感性がひらく!~いのちのおまつり~」を掲げていますが、これについて詳しく教えていただけますか?

中島

8つのテーマ事業があることで、多様な未来を提示することができるのはおもしろいですよね。私のテーマ事業においては、「遊び」に重点を置いたパビリオンを考えています。

それにあたっては、いわゆるテーマパークのような予定調和で与えられたものではなく、海や森などと共存しながら自分で能動的に考えて遊べる、「ゆらぎ」のある遊びを大事に未来の遊びや遊具を模索したいですね。

例えば、国内外の幼小中高が繋がり、STEAM教育を用いながらオープンに探求できる「未来の地球学校」というプロジェクトも検討していて、約30校から始め、2025年には数百、数千の学校が繋がれるようなエコシステムがつくれたらいいなと考えています。

私は「創造性の民主化」「分断から共創へ」を掲げているのですが、これまで分断されていたものがただ繋がるだけでなく、そこからクリエイションが生まれるような仕掛けをつくり、その象徴としてパビリオンがある。そんな万博を目指しています。

「実世界の多重化」がサイバー万博の役割

齋藤

国・場所の概念をも超えた万博を行う上で、バーチャル、サイバー万博の役割をどのように考えていますか?

石黒

バーチャルは世界中誰でも参加することができるわけですよね。バーチャルは何層にも重ねられるので、色々な層・グループの方々が楽しめる万博になるのが理想です。またアバター・遠隔操作ロボットを使えば、実世界も多層化できる。それを僕は「サイバー」と捉えています。人の価値観や事情に応じて多重化されている、それがバーチャル万博に期待するところです。

齋藤

色々な方々に「サイバー」の定義を聞いて模索しているのですが、「実世界の多重化」というのは非常に腑に落ちます。

例えば、障がいを抱える方々が自宅や病室からでも仕事ができるテレプレゼンスのサービスも展開されていますよね。

サイバーというと、物理世界の対になる、または一段上に重ねられた世界というイメージがありますが、その間を埋めてくれる存在、あるいは多層的なレイヤー構造そのものがサイバーという方がしっくりくるかもしれません。

石黒

人間にとって一番生きづらいのは、ひとつのアイデンティティしか持たないことです。例えば、僕が教授として失敗したら人生が終わりかというとそんなことはなく、アイデンティティというのはいくつも持てるものです。それを人間に教えてくれたのは近年であればネットの仮想世界なのですが、それは実世界でも可能なはずです。

障がい者の方がアバターを使って働けるようになることは、まったく異なる実世界を生きていくということで、それが人間の本当の進化に繋がるのではないかと思います。

齋藤

リアルを否定しているのではなく、肯定しながらリアルとバーチャルそれぞれをどう高めていくかですよね。若い世代は写真を撮るのにフィルムカメラを使ったり、音楽を聴くのにレコードを使ったりもしていて、新しいテクノロジーはゴールではなく、あくまでも選択肢のひとつです。万博自体も、どれかひとつに絞るのではなく、様々な選択肢を用意することが大事になってきますね。

議論から万博は始まっている

齋藤

大阪・関西万博の期間は2025年4月から6ヶ月間と決まっていますが、サイバー/バーチャル万博はいつからでも始められますし、2025年に向けて事前に参加者を募って共創することもできます。ここで考えたいのは、万博はいつ始めるべきかということです。

石黒

僕自身は準備から入っていますから、始まっています。昔の万博と違って、建物をつくってそこに人を入れたら終わりではない。多様な未来をみんなで共有してかたちにするわけですから、議論から万博であると考えています。

6ヶ月議論した結果ではなく、今から議論して、更に万博の後も議論していく。場所だけでなく、時間を超えた進化をする場である必要がある。

中島

もちろん私たちもですが、参加者のみなさんが当事者として事前に関われて、盛り上がることができる仕組みをどうつくれるかに挑戦していかなければいけないですね。

齋藤

そうですね。こういうディスカッションはなかなか表に出ないですから、プロセスを透明にして、更にコンテンツ化していくことが、時間を超えた万博の議論に繋がっていくのだと思います。

テーマ事業プロデューサー 中島さち子氏(左), PLLクリエイター 齋藤精一氏(中央), テーマ事業プロデューサー 石黒浩氏(右)

齋藤 精一氏 プロフィール

齋藤 精一氏
EXPO PLL Talks ファシリテーター
パノラマティクス 主宰 / PLLクリエイター
齋藤 精一

1975年神奈川県生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からニューヨークで活動を開始。03年の越後妻有アートトリエンナーレでアーティストに選出されたのを機に帰国。フリーランスとして活動後、06年株式会社ライゾマティクス(現:株式会社アブストラクトエンジン)を設立。16年から社内の3部門のひとつ「アーキテクチャー部門」を率い、2020年社内組織変更では「パノラマティクス」へと改める。
2018-2020年グッドデザイン賞審査委員副委員長。2020年ドバイ万博 日本館クリエイティブ・アドバイザー。2025年大阪・関西万博People’s Living Labクリエイター。

各プロデューサーのプロフィールは、こちら