一枚板から椅子をつくることは決まった。材料となる板をどうするか。「これからの椅子をデザインするには、従来通りの素材では面白くない。チタンが最適だ」。迷わなかったと齋藤は言う。チタンは、スマートフォンにも使われている素材で、価格は高いが、軽さと強度がある。また金属アレルギーが出にくいという特長があり、医療機器にも採用されている。多くの人が座る万博会場での使用を考えた場合、重要な要素だ。椅子に色をつけたいと考えていたが、塗装を施さず、金属に色をつける酸化発色という技術を使う予定だ。チタンは色の変化がつけやすい素材でもあった。
ただ、硬いチタンを折り紙のように折り、椅子の形にしていく必要がある。協力企業の熊倉シャーリングの技術を活用し、折り曲げる部分にレーザー加工で小さな穴が並んだ折れ線をつけることにした。折れ線通りに折っていくことで、椅子の形に仕上がる。折り目部分は、強度を高めるために金属溶接を行う。椅子の制作には、材料仕入れ、材料研究、デザイン、板金加工、溶接、塗装、発色、表面処理などの工程があるが、ドッツアンドラインズが起点となり、燕三条の8社の力を結集する。酸化発色によるカラーリングはまだ行っていないが、試作品はできた。曲げやすさと座った時の強度やバランス、厚みや折れ目の深さなど、コンマ何ミリ単位の攻防を続けている。
「燕三条では12年ほど前からオープンファクトリーにも積極的に取り組んでいるが、一社で完結し、横のつながりがなく、それがちょっと不満でした」と齋藤は言う。「万博期間中には、ものづくりに取り組む町工場を巡りながら、燕三条の町を回遊してもらう体験企画を予定しています。巡ってみたいと思ってもらうために、万博会場へ提供する椅子のミニチュア作成を考えています。一つの工場のワークショップで完成させるのではなく、完成までに必要な工程の各工場を巡っていただく予定です。工程ごとの各工場見学とともに、その工程の作業を自分でも行っていただく。燕三条を巡りながら、少しずつ椅子が完成する仕掛けを検討しています。ものづくり体験をきっかけに町を巡り、知ってもらうことを大切にしたい」と齋藤は力を込める。
「現在の技術では、折り目をつくる際にほんのわずかですが、ブランク材が出ます。そのため我々のプロジェクトは、『歩溜まり99%』になっています。残り1%を何とか解消して100%を目指したい。そしてCo-Design Challengeを通じて、世界中の少しでも多くの人に座ってもらい、燕三条を訪れてほしいと思っています」。燕三条の技術力を、燕三条の町を、世界中の人に知ってもらいたい。「燕三条を世界一のものづくりの町にする」という夢をかなえるために、齋藤は前を見据えている。
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