特定非営利活動法人府中ノアンテナ
2025.03.11
「山里の額縁工房が作るスツール」。手仕事の職人芸が紡ぐ物語 Vol.3
(手前)藍染、(右奥)柿渋染、(左奥)柿渋鉄媒染の「スツール」

 国内外から多くの人々が訪れる万博に向け、安全面を検証し、強度をより高めるためにスツールは当初の3本から4本脚へと変更を行った。額縁工房「伝統工芸」の卓越した技術を駆使したシンプルなフォルムは変わることなく、凜(りん)とした存在感を示す。木の表情を生かすために草木染も使われる。藍は、栽培から染めまでを一貫して行う福山市の工房が協力。天然の藍ならではの奥深いブルーのスツールは、この地ならではの色合いを醸し出す。

 まちの魅力を知り尽くす小谷は、体験企画にも力を入れる。府中の良さを知ってもらうには直接足を運んでもらい、文化も自然も丸ごと味わってもらうのが一番だと考えるからだ。府中に来てスツールの背景にある物語も感じ取ってほしい。「伝統工芸」では、工場で切断、研磨、塗装などの一連の作業を見学した後、スツールや額縁作りなどに挑戦してもらう。手のかかる部分はキット化しており、数日かかる工程が1日で完了し、そのまま持ち帰れる。

 また食の魅力も伝えていく。国の登録有形文化財で1872年創業の元料亭旅館を改修した料亭「そ 恋しき」では、2013年、2018年にミシュラン1つ星を獲得した料理人が腕を振るい、地元食材を活用した料理を提供する。ほかにも里山に分け入り香りを蒸留して楽しむツアーも計画。自然の中でスツールに座って弁当などを楽しんでもらう予定だ。

 府中のまちは、観光地化されていないがゆえに希少さを保つ。江戸幕府直轄の支配地「天領」であった上下町(じょうげちょう)には、備後の山中で守られた「奇跡の商家群」が残り、日常のありふれた風景の中に歴史が溶け込む。白壁やなまこ壁、格子戸が続き、格式がありながらも、懐かしい町並みを形成する。ここで活動する一般社団法人天領上下まちづくりの会が取り組む「上下天領ツーリズム」のツアーと連携し、「普段の生活の中に入ってもらう」体験も考えている。

 「これからの日本のくらし(まち)をつくる」ことは、Co-Design Challengeのコンセプトだ。小谷は「府中にあったものをうまくつないでいっただけ」と話すが、このまちを見直し潜在能力を引き出す仕組み作りは、整備されて将来に引き継がれていく。府中市がサステナブルであるための基盤作りは大きく前進した。

 「伝統工芸」の家具は「暮らしの引き立て役」だという。万博会場にさりげなく置かれた5脚のスツールに目を留めた来場者が主人公となり、府中のまちを訪れて、ストーリーを作り上げていく。新たな出会いから府中がどう生まれ変わっていくのか。小谷もワクワクする思いで伴走を続けていく。

額縁工房の技術を駆使してつくられた「スツール」
体験企画の額縁作りの様子(「留め」の裁断工程)

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