「資源の循環を」「愛着を持って使い続けてほしい」という願いが込められた椅子「作り手と使い手が共創し、思い出が持続するスツール」が、大阪・関西万博にお目見えする。京都府内の刺繍(ししゅう)業と家具メーカーの2社が、「丹後ちりめん」の残布への刺繍と能登半島地震の災害廃材活用で、大切な思い出を残していく。その挑戦に迫る。
京都府内各地の地域に根付いた、多様なものづくりの担い手などで構成された、京都市の一般社団法人Design Week Kyoto実行委員会。代表理事・北林功が2023年秋、Co-Design Challengeへの参加をメンバーに促すと、舞鶴市の刺繍業「三葉商事」の山下正人が手をあげた。さらに、京丹後市の家具メーカー「溝川」の社長・髙杉鉄男も「異業種との交流はプラスになる」と思い賛同した。
Co-Design Challengeへ応募し、スツールが選定され、北林、山下、髙杉やデザイナーらプロジェクトメンバーは、会議を重ね構想を練る。山下は、一年ほど前に織物の産地である京都府与謝野町の織元で倉庫に眠る、難点がある生地「B反」を目にして、「刺繍で生地を蘇らせたい。和装需要の減少などで衰退する丹後ちりめん業界の一助とならないか」と考えていた。そこで、スツールのクッション生地に、丹後ちりめんの残布を提案し、採用された。クッションの中芯にはスツールの座面や脚の木工部分を担当する溝川の家具づくりで生まれた、かんなくずを入れる予定となった。
クッション生地には、誰かの大切な記憶を刺繍で表現しようとなり、作り手である山下の思い出を図案とすることになった。「舞鶴市の運河『吉原入江』やキンモクセイが印象的な『実家の周りの風景』などが、すぐに浮かんだ。ただその思い出の風景を、丹後ちりめん特有の生地表面のシボと呼ばれる細かな凹凸を大切にしながら、写実的に刺繍で表現するのは難しく、刺繍の良さを伝えられる図案を議論、検討している」と山下は語る。図案は、使い手の思いも考え、更新していく予定だ。
プロジェクトの発起人である山下は、1991年に舞鶴市で誕生。京都市内の大学で建築を学んだ後、ハウスメーカーでの勤務を経て、2020年から家業に就く。山下は「高齢化や担い手不足に加えて、サプライチェーンの中で刺繍加工業の低加工賃は業界存続の課題」と捉えつつも、「だからこそ『刺繍文化をアップデート』を合言葉にし、アパレルだけでなくインテリアなどあらゆるシーンで、今風に価値を向上させたい。Co-Design Challengeは国内外の人々が訪れる万博会場で披露できるので、またとない機会だ」と意気込む。故郷への愛着が、ものづくりへの誇りとともにスツールに込められていく。
(Vol.2に続く)
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