
「だめだ。どうしても色ムラが出てしまう」
2025年1月下旬、作業はいよいよ大詰めを迎えていた。チタン表面に極薄の透明な酸化膜を形成することで、鮮やかに発色させていくカラーリングの最終段階。ここにきて齋藤は、決断を迫られる事態に直面していた。目視ではほとんど分からないようなへこみや溶接部分に、わずかだが色ムラが生じ、これまで関わった妥協を許さない職人の誰もが仕上がりに満足できずにいた。納期が迫るなか、どこまで完成度にこだわるのか。
予算や残された時間を考えれば、このまま納めるという選択もできる。だが、齋藤の胸にこみ上げてきたのは、無名の職人一人ひとりが切磋琢磨の鍛錬の末、江戸時代から紡ぎ続けてきた燕三条の「磨きの技」への自負心だった。スティーブ・ジョブズがほれ込み、米アップル社の携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」裏面の鏡面磨きにも採用された、名実ともに世界トップクラスとされる技術水準。「燕三条の名を冠する以上、世界中から人々が集まる万博会場に、中途半端なものを出すわけにはいかない」。下地の研磨を一からやり直すと決めた齋藤の判断に、誰一人、反対する者はいなかった。皆、同じ思いだった。
2月上旬、ようやく仕上がった椅子の表面は、限りなく均一に、平らに磨き上げられていた。燕三条の誇りをかけた齋藤らの執念を宿したかのように、チタンそのものが美しく黒光りし、深みをたたえていた。齋藤たちがここまで本気をだして、Co-Design Challengeに挑んだ理由。それは、「共創」というコンセプトに強く引かれたからだ。燕三条の企業同士だけでなく、この特別プログラムに参加する様々な地域と連携し、互いの技術の強みを掛け合わせて相乗効果を発揮することで、日本全体のものづくりの現場の力を底上げしていく。
「そのためにも燕三条から、ものづくり界の“海賊王”になりますよ」。独自の世界観や壮大なストーリーで、世界中で人気の少年漫画の主人公の決め台詞を引き合いに、齋藤はそう宣言する。折しも、齋藤は今年の1月から、燕三条青年会議所の理事長に就任した。「(漫画のなかでは)海賊王って、この世で一番自由で、壁に何度ぶつかってもへこたれず、素晴らしい仲間とともに、“ひとつなぎの大秘宝”を手に入れた者に与えられる称号なんです」。Co-Design Challengeを機に仲間を集め、しがらみや既存の枠組みを超えた連帯の輪を広げて世界と勝負していく。その末につかみとれる、日本のものづくり界にとってかけがえのない宝を夢見ている。齋藤たちのストーリーは始まったばかりだ。


ドッツアンドラインズ 代表取締役 齋藤 和也さん
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